◆ ものがたり ◆
明治維新のころ、日本中が混とんとしている時--九州熊本の城下でも、薩摩から潜入した勤王の武士と、幕府の役人が争をくり返していた。そのどさくさをくぐって活躍しているのが風太郎と呼ばれる怪盗。彼は強欲の聞えたかい奴から金を盗んでは貧者にばらまくので人気が高かった。料亭「不知火」の女中おたえも風太郎のファンであった。そのおたえのもとに或る夜捕方の笛の音をくぐって突然男が飛び込んで来て、身をかくまってくれという。その男新太郎を、おたえはてっきり風太郎だと思い込み、不知火の下働きの仁吉や同僚のおとよと新太郎の去った後も彼の噂をしきりにするのだった。
おたえは、おてもやんの唄が上手だった。彼女の唄に合わせて踊る芸者・秀菊の踊りは「不知火」へ来る客の最大の目的だった。その秀菊に目をつけているのが目附役の木部、彼はなんとか秀菊を物にしようとたくらんでいた。
一方新太郎は偶然知り合った浪人庄司と「不知火」へやって来た。風太郎の身を案じるおたえははらはらするが、実は新太郎は薩摩藩から潜入した勤王の武士だったのだ。彼ら勤王の武士は、おてもやんの歌を合い言葉としていろいろ連絡を取っていたが、幕府がフランスから爆薬を買い入れようとしていることを聞きつけ、なんとかそれを阻止しようとする。しかし彼らの活躍は幕府の役人の知るところとなった。
新太郎らが集まった席を取り囲んだ捕手の群。が、その時現れた風太郎が新太郎らに危険を知らせた。乱闘の中に風太郎は手傷を負った。風太郎を助け出した新太郎がふく面の下に見たものは、以外や「不知火」の仁吉の顔だった。彼は木部にとりつぶされた豪商の息子で、意恨をはらそうと幕府と結んだ豪商を襲っていたのだった。風太郎の最後をみとった新太郎は血路を開いて逃れ去った。
そしてフランスの爆薬が陸上げされる夜、木部たちの話をもれ聞いた秀菊の知らせに、新太郎たちは今や勤王のために働いている庄司の助けをも借りて、爆薬の包みを爆破することに成功した--。その年の十月遂に倒幕の命が下った。新太郎を淋しくあきらめたおたえの前に、軍服姿で現れたのは、今は官軍の隊長として東上する新太郎の雄々しい姿だった。(61年6月1日発行
キネマ旬報No.286より )
大映京都『おてもやん』は、新人土井茂監督のメガホンで撮影を開始したが、前作『おけさ唄えば』で時代劇初出演した三木裕子がひきつづき時代劇出演、すっかりイタについたマゲ姿をみせている。
この作品は、勤皇、佐幕の両派入り乱れて、しのぎをけずる幕末の動乱期を背景に、幕府が勤皇党弾圧のために、ひそかにフランス軍船から揚陸させようとしている爆薬をめぐって、潜入した薩摩藩士、幕府方役人らが、必死の暗闘を続けるというもの。また、これら変装して潜入した薩摩藩士らの合図が“おてもやん”の歌で、この歌詞の一節一節に隠された意味があるという、民謡裏話的な面も描かれる。
彼女の役は料亭“不知火”の美人女中おたえ。主人公の薩州藩士広瀬新太郎にふんする三田村元を助けて、獅子奮迅の大活躍を演じている。「時代劇って、いかにもお芝居をしているという感じがして楽しい。右も左もわからぬから、もっぱらあてずっぽうでやっているんですけどね・・・」二本続けての時代劇出演に、すっかり気をよくしたのだろう。「仕事もおもしろいけど、京都という町がなんといってもわたしには大きな魅力です。どこへいってもため息をつくほど美しいところばかりで、だいいち言葉がやさしくて思わずうっとりしちゃうもの」と京都を手放しで礼賛する。
この日の撮影は、芸妓秀菊にふんした藤原礼子との共演シーンで、かれんな感じを出して、濃艶な藤原礼子と対照的な演技をみせていたが、新人土井監督は、「時代劇の型にこだわらず、のびのびとやってくれるので、彼女の演技派は大いに楽しみにしている」と時代劇に新風を吹き込もうとする新鋭らしい期待をよせていた。(西スポ 04/17/61)
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このところ歌謡ものづいた大映京都では、民謡時代劇『おてもやん』(土井茂監督)を三田村元、三木裕子らでクランクインを開始したが、この映画に久しぶりで宮川和子が京都入りし、三木裕子の同僚役で活躍している。そこで、彼女にあれこれ思いを聞いてみた。
━あなたは活躍している割に人気がでないが
宮川 ええ、この6月で満4年になるんです。いまは若いからもっているけど、年を取ってきたら、それではいけないでしょ。このままいったらバカになっちゃう。中途半端になったらいけない。なんて呑気者の私でもそんなこと考えると、イライラすることがあるわ。"お嬢さんシリーズ"も現代劇1本、時代劇2本でパーでしょ。仁木、弓のトリオも、仁木が結婚しちゃったしねぇ・・・。だから私もフラフラっと結婚しちゃおうかと思ったこともあるんです。だけど、相手がなかった。ウフフフ。
━男性の理想的なタイプは?
宮川 そりゃ・・・、明るくて生活力のある人がいいわ。生活設計の豊かな人。歌の文句じゃないけれど、"思いこんだら命がけ"になれる人がいいわ。口先だけの人なんて大きらい。私は結婚したら断然家庭に入る。結婚してからダメになったなどといわれるのがきらいだしね。でもね、私が好きな相手でも、親がきらいならねぇ・・・。その両方がマッチすることはむずかしいけれど・・・。恋愛したら必ず結婚までゆきたいけど。
━最も好きな作品は?
宮川 なんといってもデビュー作、『最高殊勲夫人』です。増村先生は個性を引き出し、一つの存在をつくって下さったから。性格のはっきりしたものが自分に合っていると思うんです。ことしはがん張らなくちゃあー。(フクスポ 05/01/61) |
◆ 民謡 おてもやん ◆

熊本交通センター・くまもと阪神前のおてもやん像
熊本弁丸出しの民謡おてもやんは第4回昭和28年と第6回昭和30年の紅白歌合戦に出場。もとは「熊本甚句」という花柳界のお座敷歌で、その由来には
1 ただの戯れ歌。おてもは「お手芋」でありつくね芋の意。野菜尽くしの戯れ歌
2 実在のモデルを元に三味線と踊りの師匠「永田イネ」が作詞・作曲
3 「おても」を肥後勤皇党、「ご亭どん」を孝明天皇の喩えた勤皇党の忍び歌
4 西南戦争の際に新政府につくか否かを迷った熊本士族をあざ笑った農民の歌等、諸説あるようです
【おてもやんの歌詞と意味】※新熊本市史
おてもやん♪あんた此の頃 嫁入りしたではないかいな
おてもさん、最近結婚したんではないですか?
嫁入りしたこたぁしたばってん♪
はい、結婚はしたのですが
御亭どんの ぐしゃっぺだるけん まあだ盃ゃせんだった♪
ただ、婿殿が天然痘のあとが残っているので、まだ三々九度ん盃はしていません。それとも婿殿がブ男だから三々九度の盃はしていません、でも
村役鳶役肝入りどん あん人たちのおらすけんで
村の役付きさんや火消しの頭や仲人さんなど、色んな世話人の人達がいらっしゃるので後はどうなっと きゃあなろたい♪
後はうまくとりなしてくれるでしょう
河端町つぁん きゃあめぐらい♪
川端町のほうにまわってあるきましょう
春日南瓜(ぼうぶら)どん達ぁ 尻ひっぴゃあで花盛り花盛り♪
春日町は当時かぼちゃの産地、かぼちゃ男達が裾を引っ張ったりして私はモテもてです。わたしの人生いまが花盛り
ぴーちく ぱーちく ひばりの子 げんばくなすびのいがいがどん♪
雲雀の子のような浮かれっぱなしの男や野暮ったいイガグリ男達は私の趣味ではないよ「玄白なすび」とは杉田玄白が広めた茄子(市政だよりくまもとより)
| 肥後民謡「おてもやん」 |
標準語訳 |
| 一、 |
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おてもやん あんたこの頃
嫁入りしたではないかいな
嫁入りしたこたしたばってん
ご亭どんがぐじゃっぺだるけん
まーだ盃ゃせんじゃった
村役 鳶役 肝いり殿
あん人たちの 居らすけんで
後はどうなっと きゃーなろたい
川端町さん きゃー巡ろい
春日 ぼうぶらどんたちゃ
尻ひっぴゃーで 花盛り 花盛り
ピーチクパーチク ひばりの子
玄白なすびの いがいがどん |
おてもさん あなたは
最近結婚したんではないんですか?
はい、結婚したのはしたのですが
ただ、婿殿が天然痘のあとが残っているので、
まだ三々九度の杯はしていません。
村の役付きさんや火消しの頭や仲人さんなど、いろんな世話人の人たちがいらっしゃるので、
後はうまくとりなしてくれるでしょう
川端町のほうにまわって歩きましょう。
春日のかぼちゃのような男たちが裾を引っ張ったりして、私はモテています。私の人生は今が花盛り
春の雲雀の子のように浮かれ男や野暮ったいイガグリ男たちは嫌い
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| 二、 |
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ひとつ山越え もひとつ山越え あの山越えて
私ゃあんたに 惚れとるばい
惚れとるばってん 言われんたい
追い追い 彼岸も近まれば
若者衆も 寄らんすけん
熊本(くまんどん)の
夜聴聞(よじょもん)参(みゃー)りに
ゆるゆる話も きゃーしゅうたい
男振りには 惚れんばな
煙草入れの 銀金具が
それがそもそも 因縁たい
アカチャカベッチャカ チャカチャカチャ |
あなたは幾山を越えたような遠い存在なのだろうか
あなたが好きよ
でも好きだからこそ言えないのよ
お彼岸ももうすぐだから 若い男たちも来るでしょうし
夜にはお寺へお参りに行って ありがたいお話を聴きましょう
それまでゆっくりとお話でもしましょうか
わたしね 外見だけの男には興味がないの
タバコ入れの洒落た銀金具がステキとか
そういうことで好きになったりするのよ
あら あたしったら・・・ 恥ずかしい!
(囃)アッカンベーのベロベロベー
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