婦系図

1962年2月21日(水)公開/1時間39分大映京都/カラーシネマスコープ
併映:「鉄砲安の生涯」(木村恵吾/勝新太郎・近藤美恵子)
| 製作 | 永田雅一 |
| 監督 | 三隅研次 |
| 原作 | 泉鏡花 |
| 脚本 | 依田義賢 |
| 撮影 | 武田千吉郎 |
| 美術 | 内藤昭 |
| 照明 | 加藤博也 |
| 録音 | 大谷巌 |
| 音楽 | 伊福部昭 |
| 助監督 | 井上昭 |
| スチール | 小牧照 |
| 出演 | 万里昌代(お蔦)、船越英二(めの惣)、三条魔子(妙子)、木暮実千代(小芳)、水戸光子、千田是也(酒井俊蔵)、藤原礼子、上田吉二郎、石黒達也、片山明彦 |
| 惹句 | 『月のきれいな花の夜はきれいな女が恋に泣く!湯島境内の石段に悲しみ深し二人づれ!』『恋ゆえ強い女の意気地! 死して貫く女のまこと! 香気あふれる純愛巨篇!』 |

|
★解説★ 目に浮かんだ影二つ−恋に泣いてるあで姿−白梅の匂うがごとき、この純愛の清らかさ、美しさ−この婦系図はご存知、お蔦、主税の悲恋を市川雷蔵、万里昌代のコンビで描いた豪華大作。原作は艶麗な作風をもって知られる明治の文豪、泉鏡花一代の人気小説であるが、この作品は明治40年の原作発表以来、新派の舞台にスクリーンに、幾度となく、天下のファンの紅涙をしぼり、篇中の有名なセリフは、「金色夜叉」などと並んで、広く人口に膾炙しているいるほどだが、今までの映画作品でも第一回以来、岡譲二・田中絹代、長谷川一夫・山田五十鈴、鶴田浩二・山本富士子、と当時人気最高の大スターたちが、お蔦主税の各コンビを組んで数々の名作を残している。 それだけにこの映画化に際しては、市川雷蔵・万里昌代のコンビが如何にこれらの先輩たちの名演技に迫り、また、新しい典型を作るかその成果が注目されるところだ。 メガホンを取るのは、三隅研次監督。この映画化にあたっては。つぶさに原作を検討、従来の作品における情緒中心主義を排して、原作に忠実に、下町っ子であるお蔦、主税の山手(名利を重んじる世俗)に対する反抗精神にポイントを置き、従来、あまり世間に知られていない題名の「婦系図」の意味をこの作品で初めて明らかにしたいと意欲を燃やし、依田義賢の思い通りのシナリオを得ているだけに大いに魅力篇が期待できるわけだ。 キャストは、主税に市川雷蔵、お蔦に万里昌代、妙子に三条魔子、めの惣に船越英二、酒井教授に千田是也、小芳に木暮実千代のほか、水戸光子、片山明彦、石黒達也、上田吉二郎と豪華な顔ぶれを揃え、過去の作品に負けない情緒豊かな格調高い作品となっている。
“お蔦・主税のこころ意気・・・”の歌の文句でよく知られ、映画に舞台に幾度となくとり上げられた泉鏡花原作の『婦系図』が、折からのリバイバル・ブームに波に乗って大映京都で、市川雷蔵の主税、若尾文子のお蔦で三隅研次監督のメガホンでクランクを開始した。 ヒロインの若尾文子は、前作『雁の寺』の熱演で体をいためたために、まず雷蔵の主税が書生をつとめる酒井俊蔵邸のセットからスタートした。スリの少年だった主税だが酒井に拾われ、人間的にも成長してゆくが、酒井家の令嬢妙子がいあmではすっかり立派になった主税に秘めやかな思慕を寄せるといったところがこの日のシーンである。妙子に扮するのは新東宝から大映入りをした三条魔子で、『若い奴らの階段』『家庭の事情』についでこれが三本目というわけ。 そこで『婦系図』について感想を聞くと「原作は読みましたが、映画やお芝居は全然知らないんです。子供の頃、見たような記憶がホンノリとはあるんですけれど・・・、でも私が是非やりたいと思っていた純情な娘役なので、地で行けると思います」と大変な張り切りかた。 また時代劇については「演ってみたいとかねがね思っていました。でもお姫さまよりは庶民的な娘役がいいと思います。雷蔵さんnようなベテランとご一緒すると自然に足が震えるんです」と首をすくめていた。 これに対して雷蔵は「『婦系図』は不思議にこれまで一本も見てないんです。だからかえって自由に僕なりの主税が出せると思ってるんです、この作品に関する限りお互いに一年生なんだからご心配なく」と三条魔子を励ましていたが、クランク早々、和やかな雰囲気の中にも「新しい“婦系図”」(三隅監督の話)への意欲がみなぎっていた。 ★梗概★ 帝大教授酒井俊蔵の恩情で、立派な教育を受けた早瀬主税は、兄妹のようにして育った酒井の娘妙子が自分に恋をよせているのを知り、これを受けては義理ある先生にすまぬと、酒井家を出た。そして魚屋めの惣の世話で、かねてから恋仲だった柳橋の芸者お蔦と、先生には内証で世帯を持った。かつての酒井先生の情人で、妙子の実の母であるお蔦の姉芸者小芳は、身分違いの恋の不幸を主税に説くが、主税は、芸者を妻にするのが出世の妨げなら出世せぬまで−と、初志を変えない。 ところが、ふとしたことで主悦に恨みを持つ、静岡の権勢家の息子で同窓の河野英吉は、さまざまな策動をして主税をスキャンダルにまきこみ、さらにお蔦のことを酒井先生に告げて処分を迫った。酒井は主税をかばいつつも、お蔦とは別れさせるといわざるを得ない。酒井から、俺か女かどちらかを選べと迫られ、主税はやむなくお蔦と別れることを決心し、散歩にことよせてお蔦を湯島境内へさそった。思いもかけぬ別れ話にお蔦は歎き悲しむが、ついに得心して身を引くことを承知した。そして、髪結いをしているめの惣の家内のところで、すき手として働くことになった。 河野の卑劣な行為を怒った主税はめの惣から、河野の当主の夫人がお抱えの御者と密通し、子までなしたいきさつを知り、この事実をもって復讐しようと、静岡へ去った。河野一家に接近してドイツ語私塾をひらいた主税に、政略結婚で河野家の不幸な娘はぐんぐんひかれてきた。その娘に、主税は母親の秘密を暴露する。それを立聞きした夫人の銃弾で、主税は重傷を負い、病床の人となった。 一方、お蔦は風邪をこじらせて死の床にあった。たまたま訪ねた妙子の連絡で酒井も駈けつけた。酒井の命令で、めの惣が静岡に飛ぶが、主税は帰らない。「芸者にも真実な女がいますよ」と、お蔦は酒井に訴えて息絶えた。ようやく傷のいえた主税は、河野家の当主が夫人を射殺した日、東京へ帰った。今は亡きお蔦との思い出深い湯島天神にたたずむ主税の背に、梅の花が散った。(キネマ旬報) 早瀬主税は、十二の時、雑踏の中で、帝大のドイツ文学教授酒スリ損じたが、酒井の温情によって家に伴われ、書生として養育された。 それから十年、その彼に、兄妹のようにして育った酒井の娘・妙子がいつか恋情を向けて来る。妙子の好意を受け入れては義理ある先生にすまないと決心した主税は、酒井の家を出、知り合いの魚屋めの惣の世話で家を見つけ、かねてから恋仲だったお蔦と先生に内緒で所帯を持つ。 お蔦の姉芸者小芳は、酒井の娘妙子は実は自分の生んだ子だが、日陰者の身ゆえに、親とも名のれぬありさまと告白して、身分の違う二人の結ばれる不幸を説く。主税は驚くが、芸者を妻にして妨げになるなら、出世はせぬまでと心意気を語った・・・。だが、ふとした事件から主税に芸者の妻のあることを知った酒井は、主税を呼び出し、お蔦と別れることを命じる。 明治四十年の原作発表以来、新派の舞台に、スクリーンに、幾度となく天下のファンの紅涙をしぼり、広く人口に膾炙しているお蔦・主税の悲恋を描いた文芸大作。 |
【おはなし】 早瀬主税(市川雷蔵)は、十二のときドイツ文学者酒井俊蔵(千田これや)に拾われて書生となり、帝国大学を卒業した。彼には芸者お蔦(万里昌代)という恋人いた。酒井の娘妙子(三条魔子)に好意を寄せられるようになった主税は、酒井家を出て、めの惣(船越英二)の世話で、お蔦と新所帯を持った。主税の同窓生河野英吉(片山明彦)は妙子を見染めて、権力をかさに妙子との結婚を迫る。主税は俊蔵にお蔦との関係を清算することを命令された。二人は別れ、お蔦は肺を病んで死んだ。 主税は系図にこだわる河野家の醜悪な裏面をついて、妙子との縁談をこわし。ひとりお蔦と別れた湯島天神にたたずんだ。 【短評】 -娯楽派- 義理ゆえに泣いて別れたお蔦と主税、あまりにも有名な悲恋のお話。スリからドイツ文学者に成長した主税が、お蔦を捨てて義理に生きる姿を描いているが、系図にこだわる権威主義者の卑劣な仕打ち、芸者の意地をじっくりと説明しているところが強味。泉鏡花の名作だけあって、古風な話ではあるが、まずまずみせる。 -芸術派- 河野一族と主税の対決が、富国強兵に対する庶民の姿としてとらえられているのが新鮮。お蔦、主税の恋もその手段として描かれているので、それなりの製作価値はあるが、いまさら「婦系図」でもあるまいといった感じも残る。テレビ、舞台、映画で何回となく上演されているので、セリフまで丸見え。千田是也を筆頭に、出演者たちの熱意は画面に現れているが、企画の古さはいかんともしがたい。 -余話- 若尾文子の病気でお蔦役をもらった万里昌代、「死にものぐるいでがんばる」と覚悟のほどを語っていた。大映作品、監督三隅研次、色つきワイド、1時間39分。(光)(フクスポ2/27/62) |



小説「婦系図」。泉鏡花作。1907(明治40)年“やまと新聞”連載。主人公早瀬主税と純真で義理堅いお蔦との悲恋と、権力主義への反抗を織りまぜて描いた風俗小説。劇化されて新派悲劇の代表的狂言となった。お蔦と主税の別れの場“湯島境内”は初演の際書き加えられたもの。 実生活で鏡花は神楽坂の芸者桃太郎(本名・伊藤すず、後に結婚)と同棲するが、それを師・尾崎紅葉から反対されており、早瀬も「婦系図」の中で“俺を捨てるか、婦を捨てるか”と先生に迫られる等その経験をこの作品に投影したと言われている。 -湯島の境内- 早瀬 月は晴れても心は暗闇だ。 お蔦 切れるの別れるのって、そんなことは芸者の時に云うものよ。……私にゃ死ねと云って下さい 有名な湯島社頭のせりふは「婦系図」の原作にはなく、新富座で上演された1908(明治41)年、脚色者の柳川春葉とお蔦を演じた喜多村緑郎の二人によって付け加えられたもの。泉鏡花はお蔦と主税の別れの場面である“湯島の境内”を、1914(大正3)年、舞台のために書き下ろした。 「婦系図」 泉 鏡花 恩師への義理立てから、別れねばならぬ若 きドイツ文学者早瀬主税と芸者あがりのお蔦。大学教授の酒井俊蔵の娘お妙の純情。やがて早瀬は……。新派悲劇で も人気の作品。
何年か前、墓マイラーが流行った時に雑司ヶ谷の泉 鏡花先生のお墓にお参りし、石でできた名刺入れがあったので、天国の大作家と交流する気持ちで入れてみたところ、お墓を管理する方から後日電話がかかってきて恐縮した思い出が。そんなご縁に思いを馳せつつ、今回「婦系図」を拝読したら、まず装飾的で難解な文体の壁に当たりました。しかし独特のリズムに身を任せるうちに、登場人物が活動写真のように動きだし、波瀾万丈なドラマに心奪われました。 お蔦という女性が酸漿を鳴らすシーンから始まります。近所の奥さんが、23歳で酸漿を鳴らすなんて素性が知れたもの、と噂していますが、はすっぱなアイテムだったのでしょうか。元芸者の彼女は文学士、早瀬主税と密かに同棲。主税は、それまで大学教授の酒井俊蔵の家に書生として世話になっていました。一緒に育った酒井の娘、妙子とは兄妹のように仲が良いです。 その妙子を見初めたのが主税の友人、河野英吉。「高級三百顔色なし」と女学校で際立つルックスや知性に目を付け、河野家の嫁にふさわしいと判定します。英吉の父親、英臣が野心家で、娘全員、医学士や工学士のところに嫁がせ、名門一族として成り上がろうとしています。子孫の代で貴族院で一党を立て、内閣を組織したい、そのためには戦略的な結婚が必須、という壮大な野望の持ち主。それに賛同できない主税でしたが、お蔦と同棲しているので強く出られません。 しかし酒井教授に、ついにお蔦のことがバレてしまいます。その時の教授の罵倒ぶりが半端ないです。「その間抜けさ加減だから、露店(ほしみせ)の亭主に馬鹿にされるんだ。立派な土百姓に成りやあがったな、田舎漢め!」「人間並の事を云うな、畜生の分際で」と、教授とは思えないほど口汚く罵り、英吉との縁談の話で娘が品定めされたことについても激昂。この小説では、上級国民の男女の本性や出自が明快に暴かれていきます。 酒井教授に何を言われても頭が上がらない主税にも弱味がありました。後半、明らかになるのですが、主税は少年時代「隼の力」という名で知られた掏摸だったのです。スリの少年を引き取って、娘と一緒に育てる教授もどうかと思いますが、やたら主税を気に入っている教授。英吉に対し、主税が納得しなければ娘は嫁にやれない、と言い出します。 主税は酒井に叱られてお蔦と別れ、静岡へ引っ越す事に。列車の中で「藤紫のぼかしに牡丹の花、蕊に金入の半襟、栗梅の紋お召の袷、薄色の褄を襲ねて、幽かに紅の入った黒地友染の下襲ね」と、着物のゴージャス感が行間からも伝わる、美しい貴婦人と出会います。彼女は英吉の妹で理学士夫人の菅子でした。主税に近づき、英吉と妙子の結婚を許すように、あの手この手で籠絡しようとします。時には色仕掛けで……。菅子にアプローチされたと思ったら、長女の道子ともいい感じに。ちょいワルのフェロモンにお嬢様は弱いのでしょうか。女心を盗むスリのテク。別れた後、病床に伏してしまったお蔦が不憫ですが、同じく静岡に行ったきりの主税から放置されているお妙は、お蔦をお見舞いに行ったりして女同士の交流が生まれます。 主税はいけすかないブルジョア一家、河野家に入り込み、娘たちを一族の繁盛のため使った英臣に一矢報いる機会を窺います。途中毒殺されかけますが、お蔦の魂が乗り移った蛾に助けられます(蛾というのがまた切ないです)。ついに英臣の前で本性をむき出しにした主税は、ドイツ文学者の顔から豹変、「お前さん」「〜だぜ」と粗野な口調に。主税のキャラ変の驚きで悲劇的な結末に浸ることもできず、ある種のショック療法を与えられる小説です。 (辛酸なめ子の着物のけはひ) |
![]()

![]()